なんでもない日の散歩
私は視力が弱いので
コンタクトレンズやメガネで矯正しつつ
日々を過ごしているんですが
裸眼で過ごしてみたくなった日。
しかも散歩に出かけてみる。
裸眼で見た世界は、
同じ世界なのにちょっと新鮮で
ぼんやりとしか見えない景色が
なんだか心地よい
普段、気にもとめないアスファルトの
いろんな色の石の粒が
ぼんやり水玉模様の重なりに見えてきて
日常が突然メルヘンな世界に変わる
かわいい
楽しい
ただ歩いてるだけなのにしあわせ
そんな感情が膨らむ。
山も家も人も車も
輪郭がぼんやりとして
境界線は曖昧
目に見えるものが
ほわんほわんとしてる
人の目も次第に気にならなくなり
スキップしたくなるくらいに
気持ちが軽くなるのを感じていたら
はっきりくっきり見えることが
いいわけでもないんやなと思えた
解像度を上げる
純度を上げる
鮮明にする
それがいいことのように思うけど
それがすべてじゃない
解像度を下げた世界
これもまた美しいのだ
人と人も
見えてるものが違ったら
話がかみ合わないのも無理はない
人も食べものも環境も感情も
極端を目指さず
やっぱり中庸
境界線についても
私のような人は、人との境界線をはっきり持つほうが良いとアドバイスを頂いてからずっと意識して取り組んでいる
でもそれも
時と場合によるし
もちろん人にもよる
何かひとつに絞らなくてもいいのだと思うと心が軽くなる
たくさんの人のたくさんの考えがある中で
その時その時で、自分にしっくりくるものを選んでいけば良いのだ
季節が移り変わるように
人も変わっていく
心も体も調子も
ずっと同じじゃない
変化していいのだ
やっぱり『しっくりくる』という感覚は
人生の軸をつくる大切な感覚だな
神様は人間に
ちゃんと必要なものを与えてくれてるんだな
そんなことを考えた散歩でした。
